以前にパソコンを例えにして、アレクサンダー・テクニークは負荷の偏りを解放して全身に分散した理想的な自分の使い方を目指している、と書きました。
この解釈を理解しているつもりで違う意味でとらえている言葉を聞きました。実際に聞いた言葉とは違いますが、次のようなニュアンスです。「右手ばかり使っていて右手が痛くなってきたから左手を使うことにした。」その人にとっては、これで、負荷の偏りを解放して分散させているのだ、ということらしいのですが、アレクサンダー・テクニークの視点から私が言いたいこととは違います。
右手を使っていて右手が痛くなってくるのは、腕だけで作業しているからです。おそらく手首・肘・肩のどこかをロックすることで背中と連動していないことが原因です。このときの負荷の偏りは、「右手を使ってばかりいること」ではなく、「手首・肘・肩のどこかを不必要な緊張で固めていて背中と連携することなく身体全体が使えていないために腕だけになっていること」です。
実際に聞いた言葉は、「歌っていて右側が痛くなってきたから左側で歌うようにした」とのことです。きちんと話を聞いてみないと実際のところはわかりませんが、右側で歌うとか左側で歌うとかどういうことかわかりません(私が知らないだけかもしれませんが)。その人は私のブログ記事からアレクサンダー・テクニークのことを理解したつもりで言っているので、それ以上話が進まないのは仕方がありません。ブログを読んでくれているだけでもありがたいことです。
私もまだ経験不足なので、勉強を続けますが、文字情報にしたらしたで、誤解は生じるのだな、と改めて言葉の難しさを認識しました。
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