今回も、「Articles and Lectures:Articles, published letters and lectures on the F.M.Alexander Technique / Edited by Jean M. O. Fischer」からです。
今回とりあげるのは、「スパイサー博士が提唱する原則は、資格のある医師だけが教えるべきで、経験主義者 [empiricists]とも言うべき、『催眠術師や暗示療法士、身体や声のトレーナー、等によって悪用されるべきでない。』と言っていること」についてです。
スパイサー博士が上に書いたようなことを、アレクサンダーは自分への批判、自分のアイデアの盗用、と捉えました。スパイサー博士は別の意図をもって書いたかもしれませんが、アレクサンダーが反論していることは、1つの事実です。
ここで、私は医療関係者の方々と喧嘩をしたいわけではありません。全ての医療関係者が同じ考えであるともかぎりません。あくまでも、F.M.アレクサンダーのアイデアによる原則と、それに対するスパイサー博士の言葉についてです。F.M.アレクサンダーの文章をもとにしているので、どうしてもF.M.アレクサンダー寄りの書き方になっていまいます。スパイサー博士側にも言い分はあるだろうことを承知の上で、少なくともこれは事実であろうと、思われることについてです。
スパイサー博士はF.M.アレクサンダーの生徒としてレッスンを受けていました。生徒としてF.M.アレクサンダーの教える原則について理解があったわけです。しかし、アレクサンダーは、「スパイサー博士が他の人を教えることができる」というレベルにまで、教えることはできませんでした。どんなに医療知識がある人でも、人間組織体としての自分の使い方ができるということとは別のことだということです。そうして、人間組織体としての自分の使い方ができない人は、人にそれを教えることができないということを書いています。人間組織体としての自分の使い方を良いものにするには、医療知識にはない、別の情報や体験が必要です。
人間組織体としての自分の使い方の先に、ダンスや歌があるという前提のもとに、ダンスと歌をとりあげます。
医療知識のない人は、ダンスを教えることはできないのでしょうか。もちろん、医療知識の面から見て、間違った教え方をすることは良くないと思われます。しかし、反対に医療知識がある人はダンスを教えることができるのでしょうか。ダンスを教えるには自身もダンスができる必要があります。もちろんダンスができる医療関係者もいます。その人はダンスを教えることができます。けれども、医療知識があるることと、ダンスができるということは、イコールではありません。つまりダンスをするには、医療知識にはない、別の情報や体験が必要だということです。
医療知識のない人は、歌を教えることはできないのでしょうか。もちろん、医療知識の面から見て、間違った教え方をすることは良くないと思われます。しかし、反対に医療知識がある人は歌を教えることができるのでしょうか。歌を教えるには自身も歌が歌える必要があります。もちろん、歌える医療関係者もいます。その人は歌を教えることができます。けれども、医療知識があることと、歌が歌えることは、イコールではありません。つまり、歌を歌うには医療知識にはない、別の情報や体験が必要だということです。
私は医療に詳しくありませんが、おそらく現在の医療は、世の中の全てが解明されているわけではありません。まだわかってないこともたくさんあると思います。ヴォイスワークの先生によると、パフォーマーは、医療でわかっていることの、その先まで行かないといけないということです。
こういうブログを書いてしまうと、スパイサー博士が悪者になってしまいますが、スパイサー博士は自分を含め家族も皆F.M.アレクサンダーのレッスンを受ける生徒になりました。自分の患者をF.M.アレクサンダーに送ったり、自分の知識をF.M.に教えたりもしていたようです。