パソコンをメンテナンスするとき
では、物理的な故障が起きるとそれまでやっていた作業はどうなるのでしょうか。メーカーに修理をしてもらうために、パソコンを一旦修理業者さんに預けます。その間はパソコンでやっていた作業はできません。
次に、OS(基本ソフトウェア)に不具合が見つかり、バージョンアップしたときのことを考えてみます。このときはバージョンアップしたOSを上書きするだけなので、上書きする間はそれまでやっていた作業を続けることができませんが、バージョンアップが完了すれば、作業を再開することができます。
実は、OS(基本ソフトウェア)がバージョンアップするのは不具合が見つかったときだけではありません。機能を向上させるためにバージョンアップすることもあります。このときは、WordやExelのような応用ソフトウェアもOSに合わせてバージョンアップしなくてはいけないこともあります。すると、今までやっていた作業は全てをアップデートするまでお預けになります。
物理的な故障が直り、基本ソフトウェアや応用ソフトウェアのアップデートも完了した後は、作業を再開できます。その後に起こる不具合は、CPUやメモリの負荷の偏りが多くなりますが、このときに度々やるであろうプログラムのタスク終了や再起動は、そのときに一旦作業を止めますが、終わればその後作業を始めることができます。
人間組織体の土台を見直す
怪我や病気などで病院での治療が必要になると、その内容にもよりますが、治るまでは、それまで行っていた日常生活や社会活動をすることはできません。怪我や病気が治るなどして日常生活や社会活動に復帰したとします。
人間は、biosやドライバー、そしてOS(基本ソフトウェア)に至るまで、全てすでにできあがったものを内在して産まれます。応用ソフトウェアにあたるものも、それまで連携して使えるようになった心身のシステム全てを総動員させれば、動作の組み合わせと視覚・聴覚から入ってくる情報をもとにした条件分岐による判断に至るまで、可能となります。
パソコンでは、それらの動作の組み合わせや目的に応じた条件分岐による判断を自分ですることができないために、応用ソフトウェアが必要となり、さらにはそれを起動して扱う私たちを必要とします。
しかし、人間はそういった上に追加するシステムを必要としません。全て自分が持っているシステムの組み合わせでできます。職人のような作業も、人並みはずれたパフォーマンスも、新しく何かを追加することなく(道具を使うことはあるかもしれませんが)、それらの組み合わせが洗練されていく(洗練されていくというのは、余計なものを削ぎ落としたものであることが多いです)ことで成り立っています。
そうなると、そこで、特定の動きがしづらくなってきたとか、動作が重く、ときには痛みも起こったときの対応はパソコンと少し違ってきます。習慣や思い込みなどから生じる不必要な緊張によって、自分の内に負荷の偏りを作り出してしまっていることがほとんどだからです。それは、様々な日常生活や社会活動の動きの中で起こります。
まずは、その動きの中で負荷の偏りが起こる瞬間に自分で気づく必要があります。それが問題となって浮上するのは、社会活動の中で困ったこととして起こることが多いかもしれません。それは、習慣や思い込みから起こるために、始めは、その刺激がきた瞬間に一旦止まって、刺激と反応を切り離すという時間をつくらないといけません。これが身につくまでは、刺激がきた瞬間に今やっている作業を一旦中断する(抑制/インヒビション/inhibition)ことが求められます。しかし、それが中断するべきではないときはそのまま作業を続けることもできます。それは本人の判断です。自分で反応を選んでいれば問題ありません。
一方この、社会活動で習慣や思い込みから負荷の偏りが起こる瞬間というのは、日常生活でも同じように起こります。つまり、刺激がきた瞬間に今やっている作業を一旦中断する練習は、社会生活に影響を与えない日常生活で練習することができるわけです。さらに、日常生活で練習して身に付けることができるのは、刺激がきた瞬間に今やっている作業を一旦中断することだけではなく、そうやって負荷の偏りを解消して、負荷を全身に分散した理想的な自分の使い方もです。その先には、日常生活を送りながら動作を中断することなく負荷の偏りを分散させることができるようになります。そこまでできるようになると、社会生活を送りながら活動を中断することなく、負荷の偏りを解消して、負荷の偏りを分散させた理想的な自分の使い方をすることもできるようになっていきます。これらは、日常生活や、スポーツをしたり、歌やダンスを趣味にしたり、仕事をしたりといった、社会活動とは全く別の次元で行われます。全ての活動の土台を見直しているだけであり、日常生活や社会活動そのものを邪魔するものではありません。