なんでもかんでも「自分自身の使い方が間違っているのだ」と、とらえすぎるのもよくありません。私は、仕事で包丁を使うときの自分自身の使い方が悪くて右腕を痛めていたと思っていたのですが、包丁を研いでいなくて包丁の切れ味が本当に良くなかったみたいです。そこを自分自身の使い方のせいだとばかり思っていて、どうにもならなくなっていたのでした。
自分の外に原因があることもあるのです。
そこで、もう一つ追加して書いておくとすれば、このときの私は、「包丁が切れないのは、私の自分自身の使い方が間違っていたからだ」と思い込んだところから悲劇が始まったのですが、その悲劇というのは、その思考が自分自身の使い方を悪くしていたということです。ちょっとややこしい説明になります。つまり、私が自分の使い方を悪くしていたのは、包丁が切れないときの対応として、自分の使い方を悪くしてしまうということに違いないのです。
仕事を始めたときの自分と起こっていることが違います。仕事を始めたときの自分は、包丁が良く切れようが切れまいが関係なく、包丁を使う自分の使い方が悪かったのでした。今の自分は、どうやら包丁が良く切れるときの自分の使い方は改善されていて、不必要な緊張を(今の自分でできる範囲ですが)生じないように包丁を使うことができるようです。つまり、包丁がよく切れる包丁か切れない包丁かの違いがわかってきたということ(が今回のことでわかった)です。
ということは、現在の私の問題は、良く切れない包丁は、自分の使い方を悪くしてまで切ろうとしてはいけないということです。多分、自分の使い方を悪くしても包丁の切れ味が変わるわけではありません。
<本文中に関連するリンク>
間違った自分の使い方に関する記事