久しぶりに歌って緊張しました。今回はその時の記憶を頼りに書いてみます。
その時は、緊張したために息を吐くことができなくなり声が出なくなりました。息が吐けないなら息を吸おうと思ったのですが、息を吸うこともできず、結局声になりませんでした。
おそらく、緊張とともに横隔膜と肋骨が動くために関わる筋肉とその周辺の組織も緊張してロックされてしまったのではないかと思います。横隔膜と肋骨が動かないから息は吸えないし吐くこともできなかったのです。身体の他の関節と同じだと考えると、関節はロックされていても動かすことはできます。でも、本来の可動域はありません。動かすのに必要以上の力が必要です。それで、呼吸が浅くなると表現される状態になると思われます。横隔膜と肋骨(が動くために関わる筋肉とその周辺の組織)がロックされて可動域が狭くなっているから、肺の空気はまだあるのに吐き切ることはできないし、肺にまだ入るスペースがあるのに十分に吸うこともできません。
そのときの私は、息を吸って声を出している途中で緊張のために息がつまりました。ここで横隔膜と肋骨がロックされて、まだ肺の中に空気があるのに息を吐くことができません。肺の中の空気を吐ききれない状態です。そこで、息が吐けないなら息を吸おうとしたわけです。横隔膜と肋骨がロックされている上に、まだ肺の中には空気が入ったままです。息を吸うことはできませんでした。
このとき、私は呼吸ができない対応として、一生懸命息を吸おうとしたり、一生懸命息を吐こうとしたりしました。鼻と口からです。結局それはできませんでした。それは、横隔膜と肋骨が動くために関わる筋肉とその周辺の組織が緊張してロックされていたからだと思われます。
鼻で「深呼吸」すると、鼻の鳴る大きな音がして、鼻孔がつぶれる。口ですると、息をのむ音がする。ふいごの取っ手を引き離すと、空気が入るのと同じように、胸部を正しく広げれば、気圧のおかげで肺はすぐに空気で満たされることを、生徒は教わっていない。
F.M.アレクサンダーによる著書4作の要約 アレクサンダーテクニーク 第1部第3章2避けるべき誤りと覚えておくべき事実P24
このときの呼吸ができない対応(生命に影響がないシチュエーションです。このときは緊張が原因。)は、横隔膜と肋骨を動かすことです(アレクサンダー・テクニーク的には、動かそうとして動かすのではなく、横隔膜と肋骨が動くために関わる筋肉とその周辺の組織の緊張を取り除くことです)。横隔膜と肋骨が動くことに関わる筋肉とその周辺の組織が緊張していたのは、心理的に緊張していたことと連動しています。筋肉の緊張と心理的な緊張はどっちが先でどっちが後なのか、それとも筋肉(もしかしたら内臓も?)が緊張している状態を脳が心理的に緊張していると解釈しているのか(「近代心理学の父と呼ばれるウィリアム・ジェームズの提案」から)。
「外界への内臓の反応を脳が解釈したもの」 ・・・中略・・・ 肉体に起こるこの反応がすなわち感情なのです。 ・・・中略・・・ 私達は、ある感情を表現するものとして身体的な感覚を経験するわけではありません。逆に、感情という語彙を使って、ある身体的な状態を語っているのです。
実践アレクサンダー・テクニーク自分を生かす技術P122
アレクサンダー・テクニーク的には、緊張しそうなときに、「深呼吸」することは、鼻と口から空気を吸い込んで吐き出すことではありません。おそらく、横隔膜と肋骨が動くことに関わる筋肉とその周辺の組織の緊張を取り除くのが目的ではないかと思われます。
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