さて、ここに述べたことすべては、一見とてもシンプルであるが、見かけほど単純とは限らない。例えば、「動きを保留すること」という抑制と、その後に続く指示を与えることは、我々が何とか排除しようとしているまさにそのことを、強調してしまうことも起こり得る。最初のトレーニングクラスで、私は、自分自身もまた他のクラスメートたちも、首を固めてゾンビのようになっており、しかもそのことに何のおとがめもないことに気づいた。アレクサンダーが私たちに言ったことは、たえず私たちが異なるものへ視線を動かすことであり、そしてそれはゾンビズムに抗するための偉大な助けであった。
アレクサンダー・テクニークある教師の思索 P139
私たちは良い姿勢をとろうとして、知らず知らずのうちに首を固め、背中を縮め、息を詰めることがあります。それは、良い自分自身の使い方がどういうものかわからないからそうなってしまうのですが、アレクサンダー教師養成トレーニングを受けた、今では名のある先生も、最初はそうだった(この場合姿勢ではありませんが)ことが書かれています。ゾンビのようだったと。その状態をあらわすのに、アレクサンドロイドという言葉もあります。
アレクサンダー・テクニークを嫌がる人の中には、アレクサンドロイドな人を見て、ああはなりたくないと思っているかもしれません。勘違いというものはいろいろなところから生じます。