声と呼吸は自分自身の使い方の結果だということです。その結果である声と呼吸をなんとかしようとすることはどういうことでしょうか。
学校でテストがあり、解答用紙が採点されて返ってきたとします。仮に33点だったとしたとき、この33点がどうにかしたら88点に見えるんじゃないかと頑張るようなものです。なんとか88点に見えるようになったとしても、残念ながら皆にはバレています。結果を変えたいなら、やるべきは違うところにあります。そのテストに問題として出された内容をどれだけ理解しているのか。それを誰が読んでもわかるように書けているか。
結果に至るまでの道筋を大切にしないといけません。声と呼吸も同じことです。
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