
もしも、この塔が重力に負けて下に向かっていくと、ワイヤーはたわみ、桁はぐらつき、橋としては機能しなくなります。この橋は1883年にできあがったそうですが、いまも現役で橋の役目を果たしています。100年以上経っているので、メンテナンスは必要そうですが、すごいです。メンテナンスされているのでしょうが、年月が経てば老朽化し、塔のupは失われていきます。塔のupが失われるとワイヤーはたわみ、張りをなくし、拮抗を失います。人間の身体の仕組みは、この吊橋に例えることができます。現代人は、まだ老化には程遠い若い人でさえもupを忘れてしまっています。そうして拮抗を失った筋肉やその周辺の組織が自分の必要最小限働くべき力がどんなものか忘れてしまうのです。
声を出すべき声帯は、筋肉であり、この吊橋を構成するワイヤーの一つと考えてください。同じように、全てのワイヤーは身体を構成する筋肉やその周辺の組織と考えます。この声帯が振動して音を出すのは、ギターの弦と同じです。たわみ、緩んでいては振動して音を出すことはできません。必要最小限の力(それ以上の力は必要ない、不必要な緊張)で張りをもっていないといけません。塔が重力に負けて下に向かい始めると、ほぼ全てのワイヤーがゆるみ、たわみ始めます。声帯が正しく振動できない状態です。強制的に声帯に張りを作って振動させれば声になるのかもしれませんが、間違った自分の使い方になります。声帯が正しく振動するためには、正しく張りを取り戻さなくてはいけません。それには、声帯周りの筋肉とその周辺の組織が正しく張りを取り戻す必要があります。声帯にみたてたワイヤーが張りを取り戻すためにはその周辺のワイヤーが張りを取り戻す必要があり、そのためには更にその周辺のワイヤーが張りを取り戻す必要があり…そうして全てのワイヤーが張りを取り戻すために塔がupを取り戻さないといけません。
upをなくし、全体のワイヤーがたわみ緩んでいるときは、声帯にみたてたワイヤーの張りを正しく取り戻そうとしても、声帯にみたてたワイヤーの周辺に働きかけるだけではできないように、声帯周りだけ頑張っても声帯は正しく振動できません。離れたところにあるワイヤーを腹筋や背筋にみたててみても、そのワイヤーをなんとかして動かしてみたところで、その運動による働きは声帯にみたてたワイヤーに届かないこともわかります。
つまり、声帯が正しく振動するには、身体を構成する全ての組織が必要最小限の力で拮抗を保ち、upでい続ける必要があるのです。声帯が正しく振動するのは、自分が良い使い方でいる結果なのだということです。
以前に同じようなことを、家電製品になぞらえて書いたことがあります。人の身体を家電製品と並べてみたのは、家電製品素人の私が勝手に書いたことです。
上に書いた吊橋の話は、学校で読んだ本にありました。先生や先輩からゆずりうけた知識です。引用文を読むと、極端にとらえてしまう人がでてきそうなので補足すると、良い緊張は張りと表現することもできます。しかし、過ぎる緊張は不必要なものです。この不必要な緊張をなくしてちょうどよく必要最小限の緊張にすることを「緩める」「脱力する」「リラックスする」と表現するのであれば、それは正しいです。しかし、ほとんどの人が、「緩める」「脱力する」「リラックスする」と表現しているものは、良い緊張である張りを通り越して悪い方の弛緩(ゆるみ)になっているので、それは違うよ、といっているのです。緊張が過ぎると良くないように、弛緩(ゆるみ)も過ぎると良くないのです。過ぎる緊張は過ぎる弛緩(ゆるみ)を伴い、過ぎる弛緩(ゆるみ)は過ぎる緊張を伴うからです。
猫、ヴァイオリン、吊橋の例で明らかなのは、緊張は良いもので、弛緩(ゆるみ)は悪いものだということです。
実践アレクサンダー・テクニーク自分を生かす技術P54-55
・・・(中略)・・・
リラックスすれば問題は解決する、ということではないのです。
・・・(中略)・・・
吊橋は人間の心身が必要としている「正しい」緊張と支えを象徴している。
<本文中に関連するリンク>
実践アレクサンダー・テクニーク自分を生かす技術 ペドロ・デ・アルカンタラ著 風間芳之訳
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