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手を離すときは余韻をもって離す

アレクサンダーテクニークとは

トレーニーのときに先輩から、その後はモデレーションのときにモデレーターの先生から、聞いた言葉です。余韻をもってレッスン生から手を離す。どういうことなのか。

レッスン生の身体に置いたアレクサンダー教師の手は、レッスン生の身体が拮抗を保ったまま長く広くそしてupを忘れないように働きかけます。レッスン生が自分の身体をそのようにもっていけるようになるには経験が必要です。それまでは、アレクサンダー教師の手の影響があってやっともっていけるということがほとんどです。そんなときに、急にアレクサンダー教師の手がなくなったらどうなるでしょうか。

生卵を立たせるときのことを考えてみます。生卵が手に依存して立っている場合は手を離すと倒れてしまいます。生卵が立ちそうだと思っていても手をパッと離すことなく、立ち続けることを願ってそっと離していくと思います。

経験が少ないために、自力で自分自身を長く広くしていられずupを忘れてしまうレッスン生の人ほど、アレクサンダー教師が手を離した途端に元の自分に戻ってしまいます。縮んだり重力に負けて下に向かってしまいます。できるようになっていても、雑に手を離すと拮抗のバランスを崩してしまうかもしれません。もしかしたらそのアレクサンダー教師の手が縮んだり重力に負けて下に向かうことを促してしまう可能性もあります。まだできないかもしれなくても、レッスン生自身がそれを自分でできるように、アレクサンダー教師は長く広くupでいることを残したまま手を離していきます。


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masako

masako

アレクサンダー教師始めました。 東急東横線学芸大学の近くでレッスンします。

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