感情が「外界への内臓の反応を脳が解釈したもの」であるならば。そうして、声(声帯振動を含む身体の振動)が「内臓の音」であるならば、人間を含む動物が発する音声は、外界への内臓の反応をそのまま音にしたものということになります。人間にあてはめて言うと、感情をそのまま音にしたものが声ということになります。
動物は多分そのままだと思います。外界からの刺激に対して発する音声は、自分が感じたものをそのまま音にしているはずです。猫の「ゴロゴロ」「シャー」犬の「グルルル」など、声と表現するにはあてはまらないようなものも、全て内臓で反応した自分の感情をそのまま音にしているのです。
現代人は、「外界への内臓の反応」(刺激)と、「内臓の音」(反応)との間にいろんなものをへだててしまって、それが邪魔することで感情が正しく声に変換されていないのではないか、とは私の頭の中で出来上がってしまった仮説です。もちろん、人間としてその「外界への内臓の反応」(刺激)と、「内臓の音」(反応)との間には、outputを選ぶための時間は必要です。そのoutputを選ぶための時間が、「外界への内臓の反応」(刺激)と、「内臓の音」(反応)との間を邪魔しないことが大切です。
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