アレクサンダー教師は、目の前のレッスン生から生じる(アレクサンダー教師が受ける)刺激に振り回されない自分でいる必要があります。いつもと変わらない自分、それは、目の前でレッスン生に起こっていることを無視しているわけでもなく、冷酷な人間であることとも違います。
手術を行う医師のことを考えてみます。目の前の患者に対して抱く医師の個人的感情は手術の邪魔になる可能性があります。他にも、手術にかけられる時間制限・予期しない進行状況・地震など周りの環境の変化・などなど。それらにいちいち振り回されていては、手術を成功させるのは難しくなります。
アレクサンダー教師の手も同じことが言えます。目の前のレッスン生が怒りはじめても、部屋の中で犬が走り回っていても、レッスン生に触れている手は変わらないでいることが必要です。手だけではなく、アレクサンダー教師自身も変わらないことです。それは、目の前でレッスン生に起こっていることを無視しているわけでもなく、冷酷な人間であることとも違います。それはレッスンを意味のあるものにするために必要なことです。
手術をする医師はどうのような訓練をうけているのか気になります。
アレクサンダー教師の話として書きましたが、アレクサンダー教師の視点から言うと、レッスンを通してレッスン生が向かうべき方向もおなじです。それは、現在起こっていることを無視しているわけでもなく、冷酷な人間であることとも違って、様々な状況に振り回されないでいるということです。別の言葉であらわすと、刺激によって(即座に自分の決まったパターンで反応するのではなく)outputするべき反応を選ぶことができる自分でいるということです。
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JIN-仁- 陣の章命の選択/讖の章トラウマ 外科医師が主人公の漫画なので、生々しい描写が苦手な方は避けたほうがいいかもしれません。様々な状況のなかで手術を成功させる場面です。

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