世の中にあふれている様々なエクササイズやトレーニングはアレクサンダー・テクニークの流派と似ていて、あることが大事だと気づいた誰かが、それを大事にして発展させたものだと思います。それは、誰かにとっては最後の決定的な一歩になるかもしれないし、誰かにとっては前に進むことのできる一歩になるかもしれません。そう考えると世の中にあふれている様々な情報は、どれも誰かの扉を開く鍵になる可能性を持っているということができます。けれども、それは人間が生き生きと活動をしていく中で、様々な刺激を受け、どのような反応をするべきか考え、outputをしていくうえで、大切なことのほんの一部のことを言っているのだということに気がついていないといけません。
アレクサンダー教師がエクササイズやトレーニングを受け入れるのが難しいのは、それをやる人、ときには教える人でさえもが局所的な部分たけを見てやろうとするからです(もちろん、全体をみながらやる人もいると思います)。知り合いの人から、腹筋運動をガシガシやっていたら膝を痛めてしまった話を聞きました。アレクサンダー教師がやりたくないことのひとつです。アレクサンダー教師は、人間を構成する全体を見失うことなくそのエクササイズやトレーニングをどうやってやるのかを考えたいのです。
人間を構成する全体を見失うことなくやることができるのであれば、アレクサンダー・テクニークはそれら全てを含むと言っていいと思います。ただし、それら全てを含んでいるからこそ、そのどれとも違うのです。
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