4月、Workshop はじめてのアレクサンダー・テクニークを大岡山のメゾンドシャポーにてやります!
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やっぱり起こることは結果

アレクサンダーテクニークとは

ピアノを持ち上げようとしながら声を出す」という指示は、手段と結果が逆転したものだと以前に書きましたが、アレクサンダー教師がいう言葉も、やっぱり結果じゃないか、と思うようになってきました。結果至上主義(end-gaining)は良くないといっていたじゃないかー。以前に書いた「かかとが下へ向かう」のも結果、「首が自由で」いることも、「頭が前へ上へ」向かうことも、「背中が長く広く」なることも全て何かの結果でしかありません。そうして、「upでいること」も「筋肉が必要最小限の緊張をもって働いている」ことも「関節が適度な距離を保つ」のも結果です。だからこそ、がんばってやろうとすることは意味がなくて、今わからなくて今できないなら今ではないんだなと思っていれば良くって、なんでできないんだろうと思う必要もありません。

起こるべき現象が全て結果なら、結果至上主義(end-gaining)にならないようにするにはどうしたらいいのか。教える側が、それを言葉にして伝えたり、やってみせたりするのが、結果至上主義(end-gaining)につながるのならば何も言うことができません。アレクサンダー・テクニークの学校の先生が答えを教えてくれないことが多いのは、そのためだと思われます。これは、人を選ぶかもしれません。そのほうがいい人です。答えを教えたらそれに向かって突き進んでしまう人です。他にも起こるべきたくさんの現象があるのに、脇目も振らずそのことだけにとらわれてしまう人です。できなかったらなんでできないんだろうと落ち込んだり更に頑張っちゃう人です。

しかし、アレクサンダー・テクニークの学校の先生が何も言わなくても、先輩から話を聞いたり、本を読んだりして、結局何らかの方法で行くべき方向はこっちなんだろうな、という情報は入ってきます。そうして、その情報が助けになることもあります。なので、行くべき方向を指し示すのは意味があるのでしょう。ただし、行くべき方向を指し示すと同時に、そこに向かって結果至上主義(end-gaining)にならないように教える必要があります。

では、アレクサンダー教師がレッスン生に「首は自由で、頭が前へ上へ、背中が長く広く」を教えるように、「ピアノを持ち上げようとしながら声を出す」を教えるとどうなるのか。「ピアノの鍵盤の下に手をおいて、そう、ピアノを持ち上げるように。本当に持ち上げなくていいから。そして、ピアノと床のサポートを受けて、いつでも振動できる自分でいるように。もっと背中、もっと背中。やろうとしないで。できなくてもそのうちわかるときがくるから。upを忘れずに。そうしたら声を出してみようか。」あー、たいへん。でも、ここまで言わないと、本当に必要なことは伝わりません。

masako

アレクサンダー教師始めました。 東急東横線学芸大学の近くでレッスンします。

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